チリ&ウェッソン


 西部のごろつきたちの朝ははやかった。地平線からお日様が顔をだすまでに、アニキの女の家に行かなければならないからだ。

 そこで彼の起床を待って、盗んできた牛の世話や、今日の予定の確認などをするわけだ。ところが、アニキにもそれより上の「アニキ」が、その「アニキ」にもさらに上の「アニキ」がいる。当然彼らもそれぞれのアニキの家に向かわなければならないから、ごろつきたちはアニキが帰ってくるまでドアの前で待っていなければならない。アニキに変な疑いをもたれないように、そして家にいる娼婦が自分に気を持たないように、顎をつきだし腕を組んで、とんでもなく不細工な面で待機しなければならない。そうしているうちにごろつきたちはどんどん不細工になっていくので、女を買うときにはいい顔をされないから、どいつもこいつも卑屈になっていった。

 やっとアニキがそれぞれの家にかえってくるころには、日時計は昼の飯時を指していて、アニキたちは子分をつれて酒場でランチとしゃれこむ。だいたい町に酒場は一軒しかないので、必然的にさっきまで世話をしていたアニキとまた顔を合わせる。飯時くらいはみんないい顔をしそうなものだが、上の者は下の者に食事をおごるのが慣例なので、アニキは子分に、子分はその子分に飯をごちそうせねばならないから、みな辛気臭い顔になる。ゆすりと牛泥棒を生業とするごろつきたちが高い金を払えるはずもなく、みなチリコンカーンをすすって午後の仕事にそなえる。チリコンカーンとは昨日の酒場で出せなかった残り物をチリソースで煮込んだものである。

 午後になるとごろつきたちはそれぞれ割り振られた仕事をこなす。牛泥棒は半年に一度あるかないかの大仕事であり、実行部隊のメンバーたちは主に担保として預かっている農地の管理を行っている。大半のしたっぱたちはなにかへまをやらかすといけないという理由から、大事な仕事は任せてもらえない。酒場の用心棒という名ばかりの仕事を与えられて、どうでもいい雑用をさせられる。西部のごろつきたちには自由はあったが、仕事がなかったのである。

 ニューメキシコのすみに位置するこの名もなき町でも、それはおなじだった。この町一番の下っ端ウィリアム・ハスキソンJrにあたえられた仕事は、酒場にやってきたよそ者に、町のルールを教えてやるというものだった。地図に名前のないこの町にやってきた最後の新顔は、ほかならぬウィリアムだったのだが。

 

 いつものように丸テーブルをかこんでトランプ遊びをしているアニキたちに難癖をつけられないように、ウィリアムはカウンターの隅の席に座った。バーテンはだれも酒を頼まないので、すでに店の奥に引っ込んでしまっている。仕方がないので身を乗り出してグラス一杯水をくすねた。

 ウィリアムはグラスの水を飲み干すと片肘をついた。この町にきてからもうすぐ1年が経つ。毎日チリコンカーンをたべさせてくれるだけまし、といくら自分に言い聞かせてもさすがにつらくなってきていた。

 西部のごろつきの代名詞、牛泥棒をするためにはいまや届け出が必要である。許可が下りるためにはメンバー全員の承認が必要だ。そもそもある階級以上でなければ実行部隊には参加できない。近頃は牛そのものがへってきてしまっているし、近くの農場を巡回する保安官はうちのアニキ4人力くらいはある。最近は町のひとにたのみこんで、盗んだ牛にあげるエサをわけてもらわなければならないほど、ぼくらは困窮してきているのだ。

 いっそのこと大陸鉄道の工事が行われている東へむかうべきなのかもしれない。お金を貯めれば自分の馬を買えるかもしれないし、場合によっては余った金でぴかぴかに光るウエッソンも手に入るかもしれないぞ。ウィリアムの心は踊った。だがそういうことを考えれば考えるほど、銃も馬もない今の自分の姿がますます情けなく思えてきてしまうのだ。

 「おい、坊主チリコンカーンをもってきてくれや」とテーブル席に座った赤いスカーフの男が叫んだ。あれは確かおれのアニキのアニキのアニキのはずだ。

 ただいまもってきます、と返したウィリアムの足は重かった。ここでは誰もウィリアムの名前を覚えていない。きっと誰だっていいんだ。小さい頃からそうだった。ウィリアムなんて他にいくらだっている。それでも、代わりのきく仕事なんかもう真っ平御免だ、と思ったところで、いまのところぼくにはチリコンカーンを作るしか生き延びていく術はない。こんな仕事であったって、働かざるものは食べてはいけない。

 匂いがつくから、チリコンカーンは店の裏のかまどで煮てほしいと頼まれている。裏口の扉を開けると、もうもうと昇り立つ湯気がウィリアムを出迎えた。こちらの事情にはお構いなく、西部の太陽は健在だった。普段酒場で待機しているウィリアムにとって、真昼の太陽は致命的になりうる存在だ。前に一度、アニキの手伝いで牛を隣町まで運んだ時にぶっ倒れて2日も寝込んだこともある。

 裏口から出ると、少し離れたかまどからはすでにチリソースの刺激臭がもれていた。「チリソースは大嫌いだ。食べた後は毛穴からも匂いがするような気がする」そんなことを考えながらかまどに二歩、三歩と近づいていくと、かまどのうらになにやら人の気配を感じる。店主が煮てくれているのだろうか。足音に気づいて立ち上がった男は、全く知らない顔だった。

 よそ者だ!ウィリアムはすぐにわかった。砂まみれだが帽子とシャツは上等だし、ホルスターに黒光りするリボルバーがしっかりおさまっている。この街で撃てる銃を持っているのはバーの店主のアンディーだけだった。

その男はすき歯でひどいでっ歯だった。半分に閉じられた目は依然として大きく、顔はすこし細長い。体は細身で肉が付いていない。コヨーテのようだとウィリアムは思った。

 「やいやい!」という言葉が反射的にウィリアムの口から出たが、初対面の男に話しかけることなどついぞなかったから、言葉に詰まってしまった。男は何も言わない。馬鹿におちついている。無表情のままである。

 ウィリアムは怖くなった。勝手に他人の店のかまどでチリコンカーンを煮ているくせに、こんなにおちついてる人はそうそういない。もしかしたらボスの知り合いかもしれない。そうなったらあとでぶん殴られるだろうし、夜飯を抜かれるかもしれない。これは困ったぞ。チリコンカーンだってないよりはましだ。この日照りだ。もし弱って風邪でもひいたら無縁仏だ。集合墓地に埋められるのは嫌だ。今だってぼくは名もなきウィリアムなのに。

 「ぼ、ぼくの名前はウィリアムです」という言葉がウィリアムの脳みそがやっと出した結論だった。先ほどの言葉を名乗りの前口上にしたのだ。ウィリアムはすこし後悔した。実名をいったらあとで呼び出される可能性があるからだ。

しかし男の反応は予想外のものだった。男は細長い顔をくしゃっとさせて、ウィリアムに気持ちよく微笑んだのだ。

 「おれもウィリアムだよ。ウィリアム・ボニー」と男は応えた。

 

 ハスキソンJrはとりあえずこの友好的なガンマンを酒場に招き入れて、水をごちそうした。窓を閉め切ったうす暗い店内では、すこし離れただけで誰それと区別することはできない。アニキたちはバーカウンターの客が十人増えても気づきはしないだろう。

 「牛を盗んだはいいが保安官に捕まってね。ちっとは知られた名だから汽車でワシントンに運ばれそうになったんだが、飛び降りたんだよ。そしたらこのざまだ。すなまみれでいちもんなし。あてもなくあるいてたらあんたらのかまどをみつけたってわけさ」

ボニーはそう言ってにやりとこちらをのぞいた。

 「ワシントン?なにをしたらそんな場所におくられそうになるんだ。大統領の娘でもさらったのかい?」とハスキソンJrはおどろいた。ワシントンといえばみんな背広を着てステーキを食っているっていうじゃないか。

 「おいおい、そんなわけないだろ。この辺じゃ上にぶっ放した弾が降ってきて不運な奴がくたばることもない。ワシントンじゃ日常茶飯事さ。おれたちみたいに呪いを受けしものなら3日ともたないだろうな」

 「呪いを受けし者だって?ぼくは誰かの恨みを買った覚えはないぜ」

 「いいや、違うんだ。これはおまえが悪いんじゃないウィリアム。問題なのはおまえの親父なんだ。ウィリアムっていう名前は呪われた名前なんだよ」

そんなジョーク初めて聞いたよボニー。どんなオチなんだい?とハスキソンJrは言った。

 「オチなんかじゃないさウィリアム。このウィリアムが約束するよ。嘘なんかじゃない。ウィリアムは呪われた名前なんだ」とボニーは繰り返した。どうやらボニーは本気らしい。

 ボニーの話はこうだ。昔イギリスにある男がいた。彼はウィリアムという名前で、立派な政治家だった。ある時彼はマンチェスターから汽車に乗ったが、その道中石炭が切れて立往生するはめになった。ふとウィリアムが窓の外を見ると、野良猫が線路の上をとぼとぼ歩いていた。なんのけなしにながめていると、甲高い汽笛の音が近づいてきた。対向車線から汽車が迫ってきていたのだ。ウィリアムはとても優しい男だった。猫を助けに行ったのだ。結果的に猫は助かったが、その日イギリスは最後の良心的な政治家を失った。

 「そいつがおれたちに呪いをかけたのかい?」

 「そうじゃない。これは一番気の毒なウィリアムの話でしかない。話はこれからだ、兄弟。どうやら調べてみると気の毒なウィリアムはおれたちとさっきのやつだけじゃないんだ。オランダのおしゃべりウィリアム公はカトリックの野郎どもにロケットマンって名前の銃で撃ち抜かれてくたばった。ちょうど猫に向かってきていたあの汽車と、同じ名前の銃でな」ボニーは話を矢継ぎ早に続ける。

 「スコットランドのウィリアムは、ポケットにしまいこんでいたリボルバーが暴発して死んじまった。俺の叔父のウィリアムは、かのリンカーンが南北戦争の勝利を願ってぶっ放した弾丸に頭から貫かれてぶっ倒れた。どちらの銃もロケットマンだったって話だ」

 「待ってくれ。ウィリアムっていうのはそいつらだけじゃないだろう。今までそいつら以外にもたくさんのウィリアムがいたし、そいつらが全員ロケットマンと関係があったわけじゃないだろう?汽車ができたのだってつい最近じゃないか」

 「まぁな。でもおまえはいままで何人のウィリアムとあったことがある?そいつらのくたばり方までは知らないだろう。いいかウィリアム、そもそも呪いっていうのはそれを見るやつが必要なんだ。誰も見たことがないところで何かあったって、誰も気づきゃしないからな。それからもっと大切なのは」

口に溜まった唾を飲み込んでから、ボニーは再び口を開いた。

 「呪いはおれたちが生きてる間に形を変えていくってことさ。あの手この手でおれたちを必然的に縛るんだよ」

 「ここ50年あたりはそれがロケットマンってわけかい」

その通りだ、と言ってボニーは水を飲み干した。

 「このウィリアムたちにかけられた呪いを解く方法は、そいつに立ち向かうことだ。どのような形であれ、そいつはいつかおまえの前に必ず姿を現す。いつかはわからないがね。その時そいつを打ち負かせば、おまえの勝ちってわけだ」

 ハスキソンJrはしばらく黙ってボニーの言葉の意味を考えていた。確かにこの突然現れたガンマンの話は荒唐無稽だ。そんな呪いは聞いたことがない。でもこの男の言葉には説得力があった。それはこの男がとても魅力的だったからだ。騙されてもいいかもしれない。たとえ嘘だったとしても、いまのハスキソンJrにとってそれが呪いであれ、加護であれ、どっちだってかまわない。何か立ち向かうものが必要だったのだ。ハスキソンJrは言った。

 「ボニー、ぼくはもう待つのはごめんだよ。ぼくはこの街で1年間もチリコンカーンを食って寝るだけの生活を送ってきた。ぼくはガンマンなのに、馬も銃も、女もいない。牛だって盗んだことはないんだ。それでもいままで必死に生き延びてきた。もしその呪いとかいうやつがどこからともなく突然現れて、ぼくのすべてが終わらせられるくらいなら、ぼくのタイミングでそいつに向かっていきたい」

ボニーは頷いた。

 「あぁ、おれもだまって殺されるわけにはいかない。実はあてがあるんだ。一度はしくじっちまったがね」

 「そうだ、まだ聞いてなかったよ。いったいなにをして、呪いを取っ捕まえるんだい?」

 「列車強盗さウィリアム」ボニーはくしゃっと笑った。

 

 ボニーのいう列車強盗とは、列車で強盗をするのではなくて、列車を強盗するというものだった。強奪といったほうがいいかもしれない。この計画にのったハスキソンJrは、ボニーと一緒にアニキの育てていた牛にまたがり一路カンザスシティを目指した。西部滞在一年にして、ハスキソンJrはじめての牛泥棒だった。

 

 「きっと列車を盗めばおれらの呪いも解けるさウィリアム」と前を歩く牛にまたがったボニーが、右に左に揺られながら言った。

 「そいつはロケットマンなのかい?」

 「いいやぁ、ロケットマンは今頃リヴァプールを走ってるだろうから別の列車さ。」

 「え?でも話じゃロケットマンを打ち負かさなきゃいけないんだろ?牛より列車のほうがかっこうはつくけどさ」

 「心配するな。カンザスシティの市長がリヴァプール市長の孫にあたる人物でな。そのつながりで、使い古したロケットマンの車輪が今もカスザスシティのすべての汽車の荷台に、重しとして載せられてるんだ」

 

 ハスキソンJrは道中、二人の間に確かに呪いと呼べなくもないつながりがあるのを認めた。まず二人とも酔いが回りやすい。酒を一口飲むだけで身体中の水を吐き出す羽目になるし、牛に1時間揺られると顔が真っ青になり息ができなくなってしまう。つぎにとにかく女に弱い。行く先々で声をかけられては、どちらかが女についていってしまうので、まともな方が1発水をぶっかけてやらなければならなかった。

 

 あるとき、牛を襲ってきたコヨーテにボニーが昼夜問わずやたらと撃ちまくったせいで、付近のコヨーテがこれはたまらんと人里によりつかなくなった。これを街の宿主が大変ありがたがり、二人は結構な額の謝礼金を受け取ることになった。前祝だと食糧を買いこんだが、鼻が潰れるほどの大量のチリソースができあがってしまったので、二人は忍び込んだ無人の小屋にすこしずつそれを置いていくことにした。その結果、インディアンの襲撃や不運な事故にあって親を失った多くの開拓地の孤児たちが、チリコンカーンにありつくことになった。彼らは二人の物語を大きくしながら仲間内に伝えていき、町のおとなたちやごろつき連中にもそれは広がっていった。無数のコヨーテとともにあらわれ、西部の開拓町をかたっぱしからおそうと、しぼった血であつあつのチリコンカーンをゆでる二人組のガンマンがいると。

  計画も目的も宙ぶらりんだったが、ハスキソンJrとボニーはときどき襲ってくるコヨーテを撃退したり、牛に酔ってゲロを吐いたり、出払っている小屋でチリコンカーンを煮込んだりしているだけで、西部ではすっかり有名人になってしまった。

 「カンザスシティに近々例の二人組がやってくる」という噂を聞きつけた代議士たちは、各州からよりすぐりの保安官をかき集め、銀行と商店の警備に万全の態勢を整えたが、まさか彼らが貨物ではなく列車自体を盗む気だとは誰が想像できただろうか。そのため、ふたりはなんなく車庫に忍び込むことができてしまったのである。

 

 カンザスシティ鉄道会社は、終業すると全ての汽車を扇型車庫にもどす。この車庫は文字通り、広げた扇のような構造である。外へ広がる骨に似た短い線路の先には車庫が設置されており、骨が束ねられている要の部分には、列車を回転させるターンテーブルがある。車庫から発車する際は一旦ターンテーブルまで汽車を運転し、方向を変えてから本線路へと乗り出す仕組みだ。

 車庫の隣にはちいさい小屋があったので、二人はひとまず窓から薄暗い中の様子をうかがった。中には人影はなく、書類と酒瓶が積まれた机以外に、部屋の隅にすこしばかり石炭がつんであった。これ幸いとふたりは小屋のドアを蹴破ると、指が痛くなるまで目星をつけた汽車に石炭をつめこむことにした。

 ボニーがちいさな叫び声を上げたのは、まさにハスキソンJrが火室の中で石炭を詰め込もうとしているときだった。

 「おい、どうしたんだ。なにかあったのかい」

 「なんておれたちは馬鹿なんだろう」

 スコップをにぎったまま列車から身を乗り出してみると、列車の近くでボニーが頭を抱えていた。

 「いまにはじまったことじゃないだろう。一体どうしたっていうんだ」

 ところが、ボニーから話を聞いたハスキソンJrは、彼に負けないくらいの大きなうめき声をあげた。深刻な問題が発生していた。運転手を用意していなかったのである。

 

 「こうしてちゃんとしたイスに座るのはあの日以来だなウィリアム」とボニーが言った。二人は向かい合わせの長椅子をえらんだ。ボニーは窓の縁によりかかって頬杖をつき、ハスキソンJrは座席の上であぐらをかいてねころぶと、通路側の手掛けに頭をのせていた。

 「うん。それにつけても、あの牛はよくやってくれたな。きっとあの男だったらしっかり世話を焼いてくれるだろう」二人はすでに、乗ってきた牛を街のはずれにあった優しそうな牧場主に譲ってしまっていた。

 「乗り心地はひどいもんだったけどな。まぁあいつのせいじゃないがね。人が乗り物というものを分不相応にどこへ行くにも乗り廻し始めたせいで、おれたちみたいな酔いに苦しむ連中も使わなくちゃならなくなったんだ。このくそったれも、動かなきゃこんなに居心地いいのにさ」とボニーは窓の外の景色を憎々しく眺めた。ちらりとハスキソンJrがその視線を追うと、真っ暗闇の車庫の内側には、整備士か、自分たちの先人であったろう子供達が残した幾何学模様が点々と描いてあった。

 二人ともそれを見つめた。なにも言葉は出なかった。

 

 しばらくしてボニーはもぞもぞと動き出したかと思うと、ホルスターから黒光りするウェッソンを取り出した。「そういえば、コヨーテに向けてぶっぱなしたのを見たきりだったな」とハスキソンJrは思った。

「ウィリアム」

ボニーが口を開いた。

 ハスキソンJrは起き上がってボニーに向き直った。

「なんだい」

「おれが、おまえの呪いだと言ったらどうする」

 

 ボニーはうつむいていた。ウェッソンは右手でにぎったままだ。暗い客室のなかでは、ボニーがどんな表情をしているのかはわからない。

 ハスキソンJrはなにも言わず、ボニーが言葉を続けるのを待った。一拍開けて、ボニーは再び喋り始めた。

 「呪いには、いつか必ず追いつかれる。誰がなにをしたってな。それはいつかはわからない。その間に、おれたちはコヨーテを撃ち抜いたり、ゲロを吐いたり、チリコンカーンを食べたりして、こいつを遠ざける準備をしてきた。だがいざこうやって向かいあおうとすると、そいつはもう身構えられないほど、すぐそばにいるんだ。」ボニーはウェッソンの銃身を握ってハスキソンJrへ差し出した。ハスキソンJrは受け取ると、初めてそれを間近でみつめた。彼の目は捉えた、その鈍い光と、ストックに刻まれた「ロケットマン」のサインを。

 ハスキソンJrは黙ってボニーにロケットマンを返した。それをゆったりと受け取ると、ボニーは窓をひらいて、ロケットマンを投げ捨てた。ゴツンという鈍い音が立った。その音が、車庫中になんどもぶつかり、はね返った。

 振り返ったボニーはいつものようにくしゃっとした笑みを浮かべていた。

 「もう大丈夫だ、ウィリアム。こいつをやろうぜ」

そう言ってボニーはどこからともなくウィスキーを取り出した。車庫の隣の小屋からくすねてきていたのだ。

 「おい、呪われし者に酒はまずいぜ」とハスキソンJrが茶化したが、ボニーは「いいや、もうなんともないはずだ。飲んでみろ」といって瓶を手渡し、自分もグイグイやり始めた。結局ハスキソンJrもげえげえと吐くはめにはなったが、確かに、初めて酒がうまいと感じた夜になった。


   次の日ハスキソンJrが目覚めると、そこにボニーの姿はなかった。重い頭を動かしてボニーを探すと、通路の床に投げ捨てられたチョークと無造作に書きつけられた別れの挨拶がみつかった。

 

   その後、スキッパのガンマン、ウィリアム・ボニー・”ビリー・ザ・キッド”は稀代のアウトローとして名を馳せたが、泊まっていた部屋から酒を取りに出てきたところを襲われ、21歳で命を落とした。「彼はそいつに名前を尋ねようとしていたんだ」と宿屋の主人は証言している。一方、ごろつきかぶれのウィリアム・ハスキソンJrはイリノイで給仕をしていた女と結婚して二人の子供をもうけたあと、73歳でこの世を去った。その墓はカンザスシティのとある墓地にいまでも立っている。

ウィリアム・ボニー・”ビリー・ザ・キッド”(左)とその友人(右)

(文:saboten)